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池田晶子さん~今日で3年~ [池田晶子]

本日2月23日は、池田晶子さんの命日。
私が池田さんのことを知ったのは、彼女の訃報を伝えるネットニュースから。
彼女の本を続けて読むようになったのは、その直後からだから
私が池田さんの本と出会ってからも、3年が経つというわけです。

ここしばらく遠ざかっていたのですが、
今年に入って、再び池田さんの本を何冊か読んでいます。
先日も、図書館へ出かけ、まだ読んでいない本を、借りられるだけ借りてきました。
「ロゴスに訊け」「オン!埴谷雄高との形而上対話」「私とは何か」「考える日々Ⅱ」
現在、最初の2冊を交互に読んでいるところ。
あっちもこっちも読みかけてしまうのが、私のいけないところ。
1冊の本を集中して読んだ方が、ほんとうはいいのだろうけど・・
他の本も気になって、読み終わるまで待てない、誘惑に弱い自分。。

今読んでいる「ロゴスに訊け」にも「オン!」にも、科学について、宇宙についての記述が度々でてきて、なかなか興味深い。(「オン」とはギリシャ語で「存在」を意味するらしい)
前回「ダークマター」なんて記事を書いたように、私も少し前から、科学とか宇宙物理とか、わからないくせに、興味関心だけはあるので、自分にとってちょうどタイムリーな感じでもある。
ただ、池田さんは、科学や宇宙に興味があると言っても、興味の持ち方は一般人のそれとはちょっと違うようです。
たとえば、「ロゴスに訊け」の中で、次のように書かれています。

(居ながらにして宇宙旅行 p47)
「・・・・宇宙と宇宙論好きとして、この種の科学番組は、科学的認識の最前線を手軽に知るためには、それなりに重宝である。「それなりに」というのは、宇宙について考えるとは哲学的思考にとっては、科学とはあべこべの方向から考えるということに他ならないからである。科学がそれを自明とし信じている前提を、信じないところから哲学は始まるからである。」

さらに、後半部分では次のようにも
(オカルトよりも不思議なこと p187)
「・・・宇宙の構造がニュートリノの存在によって証明されたところで、そのニュートリノが存在するということ自体の不思議が、不思議でなくなるものだろうか。宇宙が宇宙として存在するということそれ自体の不思議が不思議でなくなるものだろうか。・・・」

なるほど、科学で宇宙について解明されても、存在の謎自体は何も解決しないというわけなのですね。
池田さんの言葉は、いつも新たな視点を与えてくれます。
ダークマターやダークエネルギーの正体がわかれば、宇宙の謎やさらには自身の存在の謎を知るための手掛かりが、少しは得られるのでは・・・と考えている自分にとっても、さらに考えさせてくれる言葉です。

もう1冊読みかけている「オン!」
こちらには、埴谷雄高氏との対談、それと池田さんの最初の作品でもある「最後からひとりめの読者による「埴谷雄高」論」などが収録されています。
対談形式ということもあり、お互いの本音がのぞいたり、
若き日の池田さんの、”不思議で不思議でたまらないこと”が知りたくてでもわからなくて悶々としている様子など、エッセイでは見られないような部分が垣間見られたりして、なかなか面白い。
でも、語られる内容は、時にめちゃくちゃ難しく、
特に埴谷さんの「死霊」からの引用文など、意図するものを理解するどころか、何が書かれているのか理解するのも一苦労。
1度読んで、よくわからなくて再度読み返して・・・次第に意識が遠のいて、気がついたらテーブルに突っ伏していたり・・なんてことも時々(^^;)
そんな難しい部分もあるけど、それでも何故か引き付けられるものがある。
この本にも、科学や宇宙について度々触れられています。
その中で、ホーキング博士について書かれた箇所がなかなか面白い。少しだけ引用してみます。

(最後からひとりめの読者による「埴谷雄高」論 p42)
「・・・最も冷静な学問であるはずの科学が、その冷静さにおいて、形而上学に場所を譲らなければならなくなる地点がある。それらの宇宙を認識している「私」の位置を明確にすべきときだ。ホーキングは既に知っている、*「生きながら死んでいる」ような宇宙は、科学の対象ではない、対象をもたない純粋なそれだけの「考え」であることを。そしてそんなふうに「考え」でしかないような、果てしなく続くいかなる宇宙も、また、どこまでも「私」であることを。」

お二人の対談の内容は、ときにとても難解なのだけど、
頭のなかにある、もやもやとしたものが、どこかで少し繋がっていくような
そんな何かもあるようで、魅力的。
それでも、埴谷さんの生涯かけた作品「死霊」を読もうなんていう根性は、全くありませんが・・

他にも、夢について・・(p44)、観念は大脳がつくりだしているものでなく、時空をこえて初めからそういったものがあるのでは・・(p90)など、なかなか面白かった。
夢についてや観念についてなど、同じようなことが「考える日々」にも書いてありましたが、
これについては、ⅡやⅢを読んでから、機会があればまたいつか書いてみたいと思っています。

もうしばらく、池田さんの世界に浸ることにしましょう。
久しぶりで、ちょっと懐かしい感じ。
なんとなくホッとした気分になるのはどうしてなのかな。。



*「生きながら死んでいる」ような宇宙
前の部分で、ホーキング博士が語った「虚時間」についての説明を受けて。
彼の理論として、一般相対性理論と不確定性原理とを統一したとき、そこには「虚時間」という概念が生じてくるのだといい、そこは、身籠りながら若くなるような、生きながら死んでいるような、そういう珍妙な宇宙なのだという。


ロゴスに訊け

ロゴスに訊け

  • 作者: 池田 晶子
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2002/06
  • メディア: 単行本



オン!

オン!

  • 作者: 池田 晶子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/07/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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コメント 6

E・G

こんばんは。
もしかして、というか、やはり池田さんのこと書かれていましたね^^
「オン!」はぼくもまだ読んでいないので、読むときが楽しみです。
埴谷雄高の本名が般若豊だと池田さんの本で知りました。なかなかユーモアのセンスがあった方のようです。また般若はサンスクリットのプラジュニャーの音訳で知恵という意味があるので、本名も知恵豊かという意味になるのですね、愉快です。「死霊」はかって少し読んで、すぐに挫折してしまいましたがまた挑戦してみようかな。
ホーキング博士の「生きながら死んでいる」宇宙という表現もとても面白い!ホーキング博士はかつて「人間原理宇宙論」にも近づいた人なので、科学ではつかめない存在の神秘にも理解を持ったひとかもしれません。
ところで、久しぶりに池田晶子でネット検索してみたら、「NPO法人 わたくし、つまりNobody」主催のイベントのなかで落語家の林屋たい平師匠が講演を行うのだとか、彼は池田さんの熱心な読者なのだそうです。また吉本の芸人のぜんじろうさんも池田さんを熱く語っていました。意外な池田ファンの発見、嬉しいです。 
by E・G (2010-02-23 21:55) 

はるママ

E・Gさんも、やはり池田さんの命日覚えてみえたのですね。
私の場合は、亡くなった日が初めて池田さんのことを知った日なので
この日は、ちょっと特別に思えます。

埴谷雄高さんの本名が般若豊だというのには、私も驚きました。
最初読んだ時は、冗談かと思ったくらい。。でも本当のようですね。
”知恵豊か”という意味があるのですか。まさにぴったりの名前。
でも埴谷さんでよかった、名前負けしてなくて・・
E・Gさんは、「死霊」読まれたことがあるのですね。
途中まででも、読もうとされただけすごいです!
全編だとどれくらいの分量になるのでしょうか。かなりの長さだと思いますが・・
「死霊」は、形而上学小説というちょっと興味のある分野の作品なので
できるものなら読んでみたいとは思うのですが・・
でも私にはたぶん一生かかっても無理かも。長さもだけど、表現がとても難解で。。
E・Gさん、もし一部でもまた読まれることがあったら、「オン!」とともに
感想聞かせてくださいね~!
「人間原理宇宙論」なかなか面白い理論ですね。
哲学的科学というか。。ホーキング博士についても、とても興味が湧いてきました。
落語家や吉本芸人にも池田ファンがいるようで、
亡くなってからも、人気が衰えることなく、本も再販を重ね、
池田さんの魂は、たくさんの人の中で生きているというわけですね。
私も、まだ読んでない本が、何冊もあるので、これから新たな本と出会えるのが楽しみです^^
by はるママ (2010-02-24 12:23) 

plant

こんにちは。
存在の不思議について、たまにこんなことを思いつきます。
スーパーコンピュータ上で始めた超精密な“宇宙生成シミュレーション”。
その中で、その“宇宙”を観測して解釈する“知性”が生まれたとき、私たちの宇宙と一体何が違うのでしょうか・・・?
例えばそんな思いつきからの考えを「哲学エッセイ」という形で公表してくれたのが、池田晶子さんの功績だと思います。
学生の頃ならともかく、大人になってしまうとそういう話をする場がなかったり、あっても妙に気取っているんですよね。
ある種の“気取った話”を、「人生論」に過ぎない、と切って捨てたりするのも、痛快でした。
by plant (2010-03-01 06:33) 

はるママ

>スーパーコンピュータ上で始めた超精密な“宇宙生成シミュレーション”

タイトルは忘れてしまいましたが、同じようなシチュエーションの映画ありましたね。
実験装置の中で作られている宇宙・・
猫が首から下げているガラス玉の中にある宇宙・・
映画の中味は、はっきり覚えていないけれど、衝撃的なこの場面だけは
やけにはっきりと記憶に残っています。
映画の影響か、私もときどき、plantさんと同じように
この宇宙も案外だれかのきまぐれで作られたものなのかもなぁって
想像したりすることがあります。
でも、それではその宇宙をつくった誰か(なにか)は、どこからきたのか・・・
と、考えだすと、これはもう永遠に終りがなく、わけがわからなくなってしまいます。

池田さんは、「ロゴスに訊け」の中で、
「世界は神々の遊戯である」
また「オン!」の中では、宇宙の始まりについて
「(宇宙は)退屈のあまり、充実した自分の力を確認したくて遊んでみたかったのでは・・・」
と述べられています。
こんなことを考えていると、自分の存在もなにかの冗談のように思えたり
残された時間も、なんでもありかな、って気持ちになってくるから、おもしろいですね。
by はるママ (2010-03-02 11:30) 

あきおパパ

はるママさん、こんばんは~♪
もう3年になるのですね。
新聞の訃報欄に池田晶子さんの名前を見た時、
驚きのあまり心臓がドキドキし、涙が止まりませんでした。
その時から、もう3年が経ったのですね。

死ということについて常に考えていた池田さんにとっては、
がんの告知は、来る時が来たという思いだったのでしょう。
告知後の闘病時に書かれたエッセイは、とても穏やかで、
読者に対する思いやりも感じられて、私は大好きです。
でも、もう少し長生きしてほしかったなあ・・・

池田さんを通じて陸田氏を知り、陸田氏の刑死に関するコメントから、
ここ、はるママさんのHPを訪れることができました。
そのことについて、私は池田さんに感謝しています。

ではまた~♪
by あきおパパ (2010-03-11 21:18) 

はるママ

あきおパパさんは、何年も前からの池田さんファンでいらしただけに、
突然の訃報に、とても大きなショックを受けられたのですね。
私は、訃報を知らせるニュースが、池田さんを知るきっかけだったので
ショックを受けることがなく、そういう意味ではよかったのかも。
あちこち文章を書いていらっしゃったのに、どこにもご自分の病気のことを
詳しく書かれていなかったのは、池田さんらしいといえるのでしょうけど、
あまりにも突然のことで、ファンにとっては、つらいことでしたね。
もっと長生きしていただきたかった・・
時事問題や教育問題など今のいろいろな問題について、池田さんの
思いをもっと聞きたかった・・
いろいろな人との対談も、もっともっと聞きたかった・・
科学や宗教についても、もっと語っていただきたかった・・
残念なおもいはつきません。
新たな声を聞くことはできないけど、池田さんだったらどう考えるのだろうか
と、これからは私たちが想像し考えていかなければいけないのでしょうね。

私はとりあえずは、まだ読んでない池田さんの本が何冊もあるので、
もうしばらく読み続けることにしようと思っています。
あきおパパさんのように、速く読めないので、まだまだ時間がかかりそうですが。。
by はるママ (2010-03-12 12:16) 

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