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科学と仏教 [科学・宗教]

前回、物理学者戸塚洋二さんのことについて書きましたが
再び、その話題から。

戸塚先生のブログA few more monthsには、病気のことや、科学のこと、人生や植物のことなど
多岐にわたって書かれてあり、中味の濃いものとなっています。
ニュートリノのことなどに触れた科学入門も、癌の治療や闘病記録にも
注目すべきものがありますが、とくに、佐々木閑さん「日々是修業」「犀の角たち」について
触れられた個所に興味をひかれます。

佐々木閑さんは、仏教を科学的な視点から説かれている仏教学者です。
仏教を科学的に説くというと、科学的な視点を踏まえつつ、
その内容は仏教のことが中心になっているのかなと思うのですが、
実際「犀の角たち」は、科学に147ページ、仏教に82ページと
科学に重きをおいた記述になっているそうで、ちょっと驚きです。

戸塚先生が、なぜ佐々木閑さんの本に興味をもたれたのか。
ブログのなかに、たびたび下のような文章が登場します。

「古代仏教は絶対的超越者の天啓を必要としない、というのが、他の宗教とまったく違うところです。また、物質と精神という対象は違うけれど、仏教の思想は科学とよく似ています。」

自身のことを『無神論者である。生前の世界、死後の世界の実在を信じない。輪廻転生も信じない。』
とおっしゃる戸塚先生も、科学と似ているという仏教、仏教を科学的に説明されている佐々木閑さんの本には興味をもたれたということなのでしょう。
無神論者と言いながらも、古代仏教の修業には興味をもたれていたということからも、
死を目前にして、仏教のなかに、人生の糧となるものを探してみえたのかもしれません。
それでも、あくまで科学的な視点からみつめ考えられていることがブログのなかにも
読み取ることができ、戸塚先生は、ほんとうに最後まで科学者でいらしたのだなぁと改めて思いました。


実際に、仏教と科学との類似について
とくに面白いなと思った考えの1つ

「さらにニヒルに。宇宙や万物は、何もないところから生成し、そして、いずれは消滅・死を迎える。遠い未来の話だが、「自分の命が消滅した後でも世界は何事もなく進んでいく」が、決してそれが永遠に続くことはない。いずれは万物も死に絶えるのだから、恐れることはない。」

この文章は、戸塚先生が、死の恐怖を克服する、諦めの考えの1つとしてあげられたものですが
この考えは、「仏教の輪廻転生のちの無(?!)」の考えと通じるものがあります。

「輪廻転生はさけられないが、悟りにいたったあとは、この輪廻転生から逃れられる
そして、そこから抜け出たのちにあるのは何もない世界、無である。」

こちらは、佐々木さんが本の中か対談の中かのどこかでおっしゃってみえること(ちょっと表現は違うかもですが、ニュアンスはこんな感じだったと記憶してます。)

科学でも、仏教でも、最後の最後には、無の世界になるということ。
それでも、そのまたさらに先には、宇宙全体の輪廻転生があるのかもしれない、ということもどこかでおっしゃってみえた。(立花氏との対談の中だったかも)
それであれば、人もそのようであるのか。無ののちにはまた輪廻転生を繰り返すということなのか。。
もうここまでくると、想像の世界でさえも追いつかない感じになってきます。

なんだか書いていてわけがわからなくなってきてしまいましたが・・
実はこんな具合に、ここのところ仏教と科学、科学的視点から人の生と死を考える、
などいったことに興味があります。
2年か3年前にも、般若心経を科学的に説いた絵本(タイトルも作者名も思い出せないけど・・)が
出版され、随分と話題になりましたね。
つい最近も、新聞記事で知ったのですが
「ハート・スートラ」という般若心経の世界を描いた映画が、
世界各地の映画祭で評価されているのだそうです。
この映画は、エッセイストひらやまれいこさんの心経の訳詞を、
夫である平山監督が、映画として自主制作したもの。
ひらやまれいこさんは、大学時代に学んだ宗教と、
当時注目されていた最先端の素粒子物理学とを合体させ、
般若心経の思想である「空=実体のないもの」が「大宇宙のエネルギーそのもの」で、
この世のすべての命は1つのエネルギーでできている、という解釈するにいたったのだという。

すでに、この映画は、ホノルルやメキシコの映画祭で金賞を、
スリランカの仏教徒国際映画祭でも準グランプリを受賞しているそうです。
スリランカはともかく、仏教国でないホノルルやメキシコでも受賞したということは、
意外におもえるのですが、洋の東西を問わず、
人々の心に訴えかけるものがあったということなのでしょう。
般若心経の世界が、映画の中でどのようにして描かれているのか
ちょっと観てみたい気もします。

作品は24分の短編映画。
そのうちに岐阜でも上映されないかな。

映画予告編~YouTubeより
http://www.youtube.com/watch?v=K0toHO03-z4
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あと数か月の日々を~物理学者・戸塚洋二 [科学・宗教]

先日(14日)NHKで戸塚洋二さんのドキュメンタリーが放送されていました。
なかなかよい番組で、何気なく見始めたわりには、最後まで目が釘付けになってしまいました。
昨年大腸癌でなくなった素粒子物理学者・戸塚洋二さん。
死の直前まで自らの癌を客観的に分析し、ブログに綴り続けてみえました。

番組紹介より
「謎の素粒子ニュートリノを研究し、物理学の常識を覆した戸塚洋二さん。その成果から、小柴昌俊博士に続きノーベル賞を受賞すると言われながら、2008年にがんで亡くなった。実験を通して生涯、宇宙の生と死に向き合った戸塚さんは、がんに侵された晩年、自らの病にも科学の目で向き合った。がん専門医も驚く病状の分析、近づく死への恐れなどをインターネット上のブログにつづっていた。がんを見つめた科学者の日々を追う。」


番組は、戸塚さんが綴っておられたブログの内容を中心に進められていました。
科学者らしく、自身の病気についても綿密に綴られており
転移した脳のCT画像を入手し、データ化したり分析したり。
その内容には医者も驚くほどだったという。
緻密に綴ることで、死の恐怖を克服しようとしていたのではないかと奥さんが語る。
ブログはさらに、病気についてのみならず、病気の進行にともなう心境の変化や
研究の内容、さらには奥さんの育てられている花々のことにも触れられている。
その中には、科学と宇宙、生と死が混在する不思議な世界が描かれていました。

番組のなかで、印象に残った言葉。
仏教を科学的に説かれている佐々木閑さんとの対話の中で、戸塚さんが語られた言葉より

『別の世界があるのかどうか死ぬ時それを確認できる。しかし、それを伝える方法がないのは科学者として残念なことだ。』

死への恐怖を克服する方法を尋ねられた戸塚さんが、ブログの中で答えられた言葉より。

『よく人はしたり顔に、「残り少ない人生、日一日を充実して過ごすように」と、すぐできるようなことを言います。私のような平凡な人間にこのアドバイスを実行することは不可能です。「恐れ」の考えを避けるため、できる限りスムーズに時間が過ぎるよう普通の生活を送る努力をするくらいでしょうか。
 「努力」とつい書いてしまいました。ここにある私の「努力」は、見る、読む、聞く、書くに今までよりももう少し注意を注ぐ、見るときはちょっと凝視する、読むときは少し遅く読む、聞くときはもう少し注意を向ける、書くときはよい文章になるように、と言う意味です。これで案外時間がつぶれ、「恐れ」を排除することができます。この習慣ができると、時間を過ごすことにかなり充実感を覚えることができます。』

ブログには、戸塚さんが取り組んでいたニュートリノについても書かれています。
ニュートリノってよく耳にしていたけど、いったいどういうものなのか
この番組をみるまではまるでわかりませんでした。
小柴さんがノーベル賞をとられ、その研究施設であるスーパーカミオカンデは
地元岐阜県神岡にあるのだということはわかっていたのだけど
それが、いかにすごいものであったのか、この番組を見て
さらには、戸塚さんのブログをみて、少しわかったようにおもえました。

戸塚さんたちの研究チームは、それまではニュートリノには重力がないと考えられていたことを
覆す研究成果を発表したのだという。
それによると、宇宙はいずれ縮小をはじめ、最後には無になってしまうことが予想されるのだという。
戸塚さんのブログには、ニュートリノのことについて、素人にもわかりやすく説明がされています。
番組をみたあと、さっそくブログに訪問して、科学入門の項目をじっくりと読んでみました。
学生時代からもっとも物理を苦手としていた自分が、どうして興味をもったのか。
実はこのところ、量子力学とか素粒子論とか言われる最新の物理学が妙に気になってるんです。
なぜなのか、それを書きだすと長くなりそうなので、ここでは触れないでおきますが。
いつか機会があったら、このことについてもあらためて書いてみたいと思います。  

ブログのコメントの中に、池田晶子という文字を発見。
池田さんと戸塚さんとを繋ぐものは何だったのか。
コメントを確認してみると、「2001年哲学の旅」のなかで
お二人は対談をされていたという。
この本はまだ読んでなかったので、意外なところで思わぬ繋がりがあるのだなと感心してみたり。
このときの対談で、池田さんは戸塚さんに
「自分が生きていることの不思議をどう思うか」
と質問をされたのだが、戸塚さんは
「それはあなたたちの領域でしょう。私はそういうことは考えません。」
というようにあっさりと答えられたという。
物理学が解明しようとする宇宙の法則は、個人の生死の意味といったこととは
まったく別個のことなんですよ、ということだったのでしょうか。
これは、戸塚さんがまだお元気だったころのことなのか
もし、病気になられた後、このようなブログを綴られるようになってからだったら
どのように答えられたのだろうか。

戸塚さんのブログ、内容も多岐にわたり、量もかなり
科学、宗教、生と死、自然、宇宙・・
どれもが興味をそそられる内容。
まだ読ませていただいたのは一部なので、これから何度か訪問させていただくことにしましょう。

戸塚さんのブログ→A few more months
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