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受験シーズン [家族]

今年もまた受験シーズンになりました。
昨年の今頃、インターネットで受験大学の情報を見ながら、娘とどこに出願するか、
どの教科で受験するのか・・などと、あれこれいっしょに話をしていたことが
懐かしくおもいだされます。
はやいもので、あれからもう1年。

1年前には、こんな記事を書いてましたね。→http://m-haruka.blog.so-net.ne.jp/2011-01-15
経験できるだけでも、いいこと
親子共にひとつの目標に向かい合えたいい時
あとから振り返ってみれば、そんな風におもえるのかもしれないけれど、
ただ今受験真っ最中という人やその家族にとっては、やはりなんとなく落ち着かない、
気が気でない毎日なのかもしれませんね。

私のまわりにも、子どもさんが今年受験という方が何人かいて、
会うと、たいてい受験の話題になったりします。
みな、大変そうだけど、結構多くの人の口から「浪人覚悟」という言葉を聞きます。
手続き上のことは別としても、肝心のところでは、やはり子どもががんばるしか仕方がないこと。
いくら親がヤキモキしたってどうしようもないどころか、むしろそれだと逆効果なのかもしれません。
親は覚悟を決めたら、あとは子どもに任せて見守るしかないんでしょうね。

1年前のこの時期受験生だった娘も、大学生になった今年は
昨日から、はや春休み。
まだまだ寒い日々なのに、もう春休みなのかと、
これから3月いっぱいまでとは、なんて長い休みなのかと、驚くばかり。

1年間の約束で、娘は名古屋まで通学していたのですが、
いよいよ3月半ばから下宿生活を始めます。
岐阜ー名古屋なら十分に通える距離なのですが、
なんでも自宅から通うと、いつまでも親に甘えて自立できないから下宿したいのだという。
普段料理も洗濯もほとんどしないのに、いきなり一人暮らしをして大丈夫なのかと、
心配はつきませんが、娘の成長のためには、それもいいのかもしれない、
いや、むしろそのほうがいいのかもしれません。(いまだに娘のお弁当を作っている甘々母・・)
ということで、春から娘は家を出て、一人暮らしを始めることになりました。

今はそれほど感じないのだけど、
いざ娘が出ていったら、淋しくてしかたなくなるのかもしれません。
娘は親離れのとき
そして、私自身そろそろ子離れのときがやってきたようです。

たとえ離れているとしても、娘はいつまでも自分の子どもであることには変わりなく、
娘にとっては私は親であることには変わりないのだけれど、
もうちょっとお互いが今までよりも対等に話し合えるというか、
少しずつおとなな関係になっていけたなら、
そしたら、今までとはまた違った新たな親子の関係を築くことができるような気もしています。
娘と母親としてだけでなく、大人どうし女性どうし、
これから先、どんな会話ができるようになるのか、ちょっぴり楽しみでもあります。
そんなこと書いていても、実際週末には洗濯物かかえて帰ってきたりして・・・(^^;)

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受験生の母 [家族]

高校3年の娘沙織は、今年大学受験生。
今はセンター試験の真っ最中。

天気は荒れ模様の予報、あちこちでインフルエンザやらノロウイルスやら、
マイコプラズマまで流行っているとのニュースが流れ、
本番当日まで気の抜けない日々でしたが、今朝、
無事に会場まで送り届けたときには、ホッとしました。
明日は、今日よりさらに気温が下がり、早朝から雪予報が出ていますが
もう1日、何事もなく無事に会場まで送り届けることができますように。

子どもが受験というと、大抵は「たいへんだね~」
という言葉が返ってきます。
ところが、先日知り合いの先輩お母さんから、
「いい時やね~。」という言葉が返ってきて、ちょっと驚きました。
こんな風に言われたことは、初めてだったから。

でも、よくよく考えてみれば、娘といっしょに受験に向かって
あれやこれやとこれまでやってきたすべてのことが、
ちょっぴり緊張感を伴った、今しか味わえない特別な時間でもあったように思えてきます。

部活を引退した後、夏休みを前に、書店に出かけていっしょに問題集を選んだこと。
模試の結果に一喜一憂したこと。
インターネットで受験校の日程など調べたり、最終的にどこを受験しようかと、
あれやこれやと言いながら、いっしょに決めていったこと。
年末まではずっと学校に遅くまで残って勉強していたこともあって、
家にいる時間は少なく、受験生の親として、ちょっと拍子抜けするくらいだったけれど、
年明けから、家で勉強することがグンと増え、ようやく受験生と密着した雰囲気に。
時々寒いからとリビングにやってきて勉強を始める娘。倫理の資料集をいっしょにながめて
ああだこうだと語り合うのも楽しいもの。
今時の高校倫理の資料集はなかなかおもしろいけど結構難しい。
あの難解なカントやヘーゲルがわずか2ページの中に凝縮してまとめられているのだから。
今朝一番最初の科目は、その「倫理」。理科社会が弱点だけど、なんとか力を出し切ることができたかな。今日は、どんな顔をして帰ってくることやら。
どんな結果になろうとも、受け止める覚悟をして待っているよ。
でも、できればやりきった明るい顔で帰ってくることを願っているけれど。。

娘とともに、受験に向かったこの半年あまり。
センター試験が終わっても、まだしばらく受験は続くけれど、
娘を通して自分自身もまた、過ぎ去った高校時代を、大学受験を再び経験させてもらっているのかもしれない。
そして、もう一人の娘、晴香とともに経験するはずだった高校生、受験生の母
経験できなかったことを、妹の沙織と共に、今経験させてもらっていると言えるのかもしれない。
晴ちゃん、さおちゃんは今がんばってるよ。見ていてあげてね!

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最後の試合と晴香の夢 [家族]

5月の連休以降、週末のたびに、バスケの試合観戦に出かけていました。
沙織たち3年生は、この大会で引退。
最後だから、ぜひとも県大会出場したいと、
秋ころから、かなりハードな練習を重ねていました。
その甲斐あってか、地区予選で2勝し、念願の県大会出場の夢をかなえました。
ところが、ハードな練習や連戦により、怪我人続出、沙織自身も太ももに炎症が。。

心配を抱えながら迎えた試合当日。
それでも、始まってみれば、みんな怪我をかかえているなんて思えない走りっぷり。
県ベスト8に入る強豪チーム相手に、最初こそは離されたものの
後半すごい追い上げで、最後は7点まで点差を縮めました。
あともうちょっと、あと数分あったなら、
もしかしたら勝てていたかも。。と思うくらいの勢いでした。
結果は66-73、勝つことはできなかったけど、素晴らしい試合で最後を締めくくることができました。
試合後の涙は、試合に負けたからというだけでなく、ベストを尽くすことができた感動や、
これで最後だという淋しさなど、いろいろな思いからだったのかもしれません。

中学1年から始めたバスケット。
最初の頃はドリブルもおぼつかなくて、それでも上手になりたくて・・・
学校の練習が終わってから、自宅前で一緒にドリブルやパスの練習をしたことも。
あのころは、手まりつきのようなドリブルしてたのに、
本当に上手になったものです。
高校に入ってから、練習はますますきつくなったけど、
1日もずる休みすることなく、華奢な体でよく最後まで頑張り通したもの。

最後の試合、3ポイントシュートが、後半特に、信じられないくらいに決まって、
「3(スリー)の神が沙織先輩におりた・・・」と、後輩に言われたくらい。
その日の調子によって、シュートが入りやすかったり入りにくかったり
というのは当然あるのだけど、
この日、最後の試合で調子がよかった、こういう巡り合わせになったのは、
もしかしたら頑張ったことに対する天からのご褒美だったのかも(笑)

振り返ってみると、沙織とバスケット、いろいろなシーンが思い浮かんできます。
中学では、なかなか勝てなくて。
朝練行っても、自分一人だったり。
部長として、トラブルの仲裁に苦労したり・・・
嬉しいことよりも辛いことのほうが多かったのかもしれない。

初めて公式戦で勝ったのは、晴香の誕生日。
初勝利はお姉ちゃんへのプレゼントだと言っていたけれど・・
沙織から晴香へのプレゼントだったのか、あるいはもしかしたら晴香から沙織へのプレゼントでもあったのか。
どちらにしても、晴香は、きっと沙織の初勝利を喜んでいてくれたことでしょう。
そして、先日の最後の試合も。。

そんなことを考えていたせいなのか、最後の試合の夜
晴香が夢にでてきました。
小学校3年生くらいのころでしょうか。
いつもなら夢のことはあまりはっきりと覚えていないのに
この日の夢は、部分的にやけにはっきりと覚えていて、
そして、思いきり抱きしめたときの感触が、目覚めてからも残っていました。
ずっとこうしたかった・・やっと抱きしめることができた・・
そう夢の中で感じた自分の思いも、リアルに思いだすことができたのです。
不思議です。。
晴香が夢の中で私に逢いに来てくれたのか、あるいは、私が逢いにいったのか。

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久しぶりに耳鼻科へ [家族]

昨夜、沙織が耳が痛い!と言いだした。
前日入浴時に耳に水が入り、気になって綿棒でいじったから、そのせいかもとのこと。
それだったら、外耳炎かなぁと思ったのだけど、
あまりに酷く痛がるので、もしかしたら中耳炎起こしてるのかも?とちょっと心配に。
でも、もう病院も開いてない時間。
とりあえず、応急処置として、家にある薬を飲ませておくことにした。
数週間前に風邪ひいた時に医者でもらった、抗生剤(フロモックス)と痛み止め(ロキソニン)が残ってた。ちょうどいいやと、この2つを夜と朝服用。
しばらくすると、痛みがひいてきたようで、楽になったと娘も喜んでいた。
今日は、学校終了後、早速耳鼻科にかかったところ、外耳道が炎症をおこしているとのことだった。
中耳炎にはなってなかったけど、外耳道がかなり腫れていて、程度としては中程度よりちょっと上だという。
痛みで夜中に目が覚めたというくらいだから、かなり酷く炎症を起こしていたよう。
「運動はしてもいいでしょうか。明日もバスケットの練習があるのですが・・」
と尋ねたところ、とんでもない!という感じで、脅し(?)かとも思えるような怖いことも言われてしまった。
「外耳炎の原因はおそらくは細菌性のもので9割方は大丈夫だと思うのですが、
もしウイルス性のもので、そのウイルスが万が一顔面の神経に入った場合、顔面神経麻痺をおこすこともあります。まず大丈夫だと思うけど、あと1~2日は安静にしながら様子を見てください。」
中耳炎じゃなくて外耳炎程度でよかった~ってちょっと安心してた自分を、ど~んと一気に心配させるような医者の言葉。
ああ、あと2日間、なんだかとっても心配になってしまった。
部活もちろん休んでね。通学も送り迎えしてもいいから。無理せず安静に。

こんな心配な気持ちになったのも久しぶり。
耳鼻科にかかること自体も、久しぶり。
思えば、子どもたちが幼いころから、病気や病院とは縁が深く
小児科だけでなく耳鼻科にも、数えきれないくらい何度も何度も通わせてもらった。
特に晴香は、幼稚園に通うようになったころから、耳鼻科常連の患者になった。
風邪をひけば、たいていその後には中耳炎をおこし、小学校に入るころには、
滲出性中耳炎に悩まされ、そのほかにもアデノイドや扁桃腺肥大、
小学校入学前の年に、扁桃腺とアデノイド、鼓膜にチュービングを入れる手術をしている。
そのため、個人の病院だけでなく、地元の市民病院耳鼻科にも何度もお世話になった。

耳鼻科というのは、どうしてあんなにも混みあうのか。
子育てで大変だったことは?と問われたら、病院通いを、真っ先にあげたいくらいだ。
特に大垣にいるときは、生まれてまだ数か月の沙織をつれての通院だったから、かなり大変だった。
まだ言い聞かせてわかる年じゃないし。。
1時間2時間かかることもザラ。市民病院の耳鼻科は特に悲惨で、最高3時間待ちなんてこともあって
母子で泣きたくなるくらいだった。
その当時沙織は1歳ちょっとくらいだったかな。
最初の1時間は、絵本などを読んでやって、とりあえず大人しくしていてくれた。
次の1時間は、飴をなめさせたりお菓子を食べさせたり・・・で、なんとかごまかしごまかしでもたせて。。
でも、最後の1時間は、もうどうにもこうにもじっとしていられない様子で、ベビーカーから下りて、あちこちちょろちょろしだす。
10か月の頃にはもうすたすた歩いていたくらいの子だったから、当時はもう、思うように走り回れるくらいすばしっこくなっていて、ほんと、大変なんてもんじゃなかったなぁ。。

とにかく、耳鼻科というところは、たくさんの思い出がある場所。
どれくらいの時間を、あそこで過ごしたことか。
痛い思いをたくさんした晴香が一番辛かっただろうと思うのはもちろんだけど・・
だからこそ、あんなにも我慢強い、頑張りやさんになったんだろうなと思う。
一方で、妹の沙織にとってもまた、辛い時間だったことだろう。
もしかしたら長い時間待つというその経験で、我慢することをおぼえ、そのおかげで忍耐力がついたのかも。
中学や高校で、部活などでいやなことがあっても、愚痴をこぼしこそすれ途中でやめることなく
最後まで続けられたのも、そういった経験がちょっとは役にたっているのかも。
本人は、きっとそんなことは露ほど思ってないだろうけど、小さいころからのことを
あれこれと思いだしてみると、なんとなく全く関係ないことでもないかもなぁって、
久しぶりの耳鼻科へ行って、昔のことを思い出しながら、そんなことを考えたりしてた。

今日行った耳鼻科のお医者さんには、
「フロモックスとロキソニン早めに飲まれたこと、それでよかったですよ。」
と言われ、出してもらった薬も、やはりフロモックスとロキソニン、それと抗生剤入りの軟膏。
何度も通った耳鼻科。
でも今回早めに抗生剤と痛み止めを飲ませるなどの応急処置をとれたのも、この経験があったからこそ。無駄にはなってなかったかな。


それにしても、心配なのは沙織の耳。
どうかあと2日。何事もなく、無事に治癒しますように!
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修学旅行 [家族]

どうなることやらと心配していた、沙織たちの修学旅行でしたが
先週土曜日、無事出発することができました。
直前まで学級閉鎖になっていたクラスもあったようで、参加できない子がいたら可哀そうだなぁと思ってたのですが、なんと当日は、欠席者ゼロ、全員参加できてホントによかったです。
(でも、現地で発症、最終日に迎えに来てもらった子もでてしまったそうですが。。)

修学旅行は、4日間で、阿蘇山、ハウステンボス、長崎市内、太宰府をまわるという日程
出かける前は、行き先が中学の修学旅行と同じ長崎だからいやだなぁとか言っていた娘でしたが、出かけてみれば、同じところでも、「メンバーが違うからとても楽しかった!」とのこと。
天気も快晴!とはいかなかったらしいけれど、意外にも雨に降られることは一度もなかったそうで、なかなか思い出にのこる楽しい修学旅行となったようです。
デジカメに残された画像をみても、その様子がよくわかります。
なにはともあれ、無事に出かけて無事に帰ってこられて、よかったよかった。。

001.JPG

太宰府天満宮のおみやげはお守り
自分用に学業お守り、父と母には健康お守りを買ってきてくれました。
そのほかには、チーズケーキに長崎かすてら、通りもんに太宰府の梅が枝餅・・・と
甘くておいしそうな食べものばかり。。さすが我が娘、甘いものには目がないです(^^;)

太宰府天満宮の学業お守りは、来年の受験を意識してのことなのか
他校に通う親友の分も買ってきてました。
沙織も来年はもう、大学受験。。この間高校受験終わったばかりだったような気がするのに、もうあと1年ちょっと。高校時代は早く過ぎると言うけれど、ホントにその通りと実感。
高校受験も大学受験も、修学旅行も、どれもが貴重な経験
それなりに大変なこともあるだろうけど、経験したくてもできなかったお姉ちゃんのことをおもえば、すごく幸せなことだから。。
修学旅行の楽しかった思い出も忘れずに、残りの高校生活も楽しんで、来年の大学受験も貴重な経験として立ち向かっていってほしいなと、母は願っています。見守ることしかできないけれどね^^

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合格しました! [家族]

先週はいろいろなことが続いて、ゆっくりとPCの前に座ることができませんでした。
沙織の高校入試の結果もなかなか報告できなくて[あせあせ(飛び散る汗)]
先週の水曜日、朝9時から受験した高校へ合格発表を見に。
ちょっとドキドキしながら、学校に到着すると、もうすでに大勢の親子が集まっていました。
娘に散々せかされながらも、予定より少し遅れて家をでたものだから、
発表からすでに10分以上も経過。当然と言えば当然なのでしょう。
掲示板に向かう途中、肩をおとして帰っていく生徒さんの姿がみられ
だんだんとドキドキはたかまってきました。

娘の受験番号「2044」を探して、番号を目でおっていきます。
あった!とおもったら
いやちがう「2144」だ[あせあせ(飛び散る汗)]もう一度気を取り直して、よくたしかめたら「2044」ありました[ぴかぴか(新しい)]
娘とともに感激の一瞬でした!
3年の夏以降、本格的に受験勉強を始めて、ここまで長かったけど
よくがんばったね。
体調をくずしたり、受験校を選ぶのにも迷ったり・・と
いろんなときがあったけど、希望の高校に合格できてホントによかったね!

発表のあとには、説明会や教科書などの購入。
早速たくさんの課題をもらって帰ってきました。
家に帰ってきてから、晴香に報告。
「さおちゃん、合格したよ!4月からいよいよ高校生になるよ!」と。。
高校生になれなかった晴香だけど、
妹の沙織が希望の高校に入って、4月から毎日通えることを
きっと喜んでいてくれる、笑顔でみていてくれる・・そうおもえ
写真の顔がいっそう明るく笑っているようにみえました。
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卒業式 [家族]

先週は実に忙しい毎日でした。
火曜日は沙織たちの卒業式。
木曜日は高校入試。
翌日の夜から、沙織は友人2人といっしょに
夜行バスでディズニーランドに出かけていきました。

卒業式は、なかなか感動的でした。
幼稚園卒園式も、小学校の卒業式も
まわりの子達が大勢泣いているなかでも
ニコニコ笑っていた沙織でしたが
今回ばかりは、ちがってました。
合唱の間中、泣いていたようで
ほとんど歌えなかったそうでした。


楽しい思い出と、ちょっぴり切ない思いを残して
中学卒業、そして4月からは高校生。
晴香がなりたくてもなれなかった高校生に
いよいよ沙織がなるんだなぁと思うと
感無量。でも、ちょっと複雑。
合唱の間、沙織の歌っている(泣いている)顔をみながら
自分も熱いものがこみ上げてきました。



そしてあさっては、公立高校の合格発表。
どきどきしながら、娘といっしょに発表をみてきます。
よい結果を報告できるといいのですが。

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お姉ちゃんが元気に過ごせなかったとき [家族]

昨年の11月のはじめころ
沙織が
「お姉ちゃん、今の私くらいの時に様子がおかしくなったんやよね~」
と、突然言いだしたので、一瞬どきっとしました。

晴香の元気がなくなったのは
忘れもしない、中2の12月半ばころでした。
最初は、期末テストの結果を気にして元気ないのかな~
くらいに思っていたのが
だんだんとエスカレートして
そのうちほとんどしゃべらなくなってしまいました。
学校から帰っても、すぐにソファーに横になって眠ってしまう
そのうち頭が重いと言い出したり。。

かかりつけの小児科では
思春期にありがちな精神的なものだろうといわれたり。
それでも、どんどん様子がおかしくなってきて
どこかにもっと他の原因があるのではないか
と、あっちこっちの病院にかかってみたり。。

原因がわからない・・・
症状はどんどんエスカレートしていく。。

物忘れもひどくなってきて、
一生懸命に漢字をおぼえようとするのだけど、
なかなかおぼわらなくて
涙をぽろぽろ流しながら机に向かっていた晴香の姿。

いまでも、あのころの晴香の姿がついこのあいだのことのように
甦ってきます。

晴香の病名がわかったのは、結局2月になってからでした。
その間、どんどん様子がおかしくなる晴香を前に
なにもしてあげられないもどかしさと
原因がわからない焦燥感やらどうなってしまうのかという不安感とで、つらい時間をすごしました。
今でも、12月から1月になるとあのころ感じていた
不安感やら焦燥感のようなものがわき上がってくることがあります。

普段わすれているようでも
こういう感情は、心の奥の方にしまわれていて
なにかのきっかけで、ふっとでてくるんですね。

沙織に問いかけられてドキッとしたけれど
実際には、この時初めて意識したわけではなくて
実は以前から気になってたんです。
もうすぐ沙織が晴香の発病した時期になるんだなぁと。

お姉ちゃんが発病したとき
お姉ちゃんが元気で過ごせなかったとき
それを、今妹の沙織が過ごしています。
なぜだか不安なような
はやく過ぎて欲しいような
そうでもないような
複雑な気持ちです。

母のいろいろな思いを沙織は感じているのかどうか
わからないけど。
今は、バスケに友人にといろいろ頑張ってくれている
それが救いになっています。

「お姉ちゃんの分までがんばって」
と言う言葉は、あれ以来わが家で禁句になっています。
沙織は沙織のままでいい。
今もこれからもずっと。
中2の秋と冬。
そして春には中3になるけれど、どうかこれからも元気で過ごしていってほしい。
そうしたら、またひとつなにかを乗り越えられるのかもしれないなという気もしています。


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家族 [家族]

先週は、いつものサークル活動(全部で3つ)と、アルバイトに加え
娘のバスケの試合、授業参観に講演会、PTAの役員会議、それに広報紙の編集作業などもあって、朝から晩まで走り回っているようなそんな忙しい毎日でした。
きのうはなにも予定がなかったので、久しぶりにのんびりと過ごしました。
昼間は、読みかけの本を読んだり
夜はバレーの試合を家族で一緒に観戦したり。
特に夕べのセルビア・モンテネグロ戦はすごい試合だったから
家族みなであーだこーだいいながら盛り上がってました。

私だけでなく、他の家族のメンバーもみんなそれぞれ職場や学校で忙しく
疲れがたまっていたよう。
夫もこのところずっと帰りが遅いし、仕事もハードな様子。
娘は娘で、部活の疲れやら、部長としての責任やらで大変そう
その上、期末前とのことで、1週間くらい前から勉強も頑張っているから
そっちの疲れもあるみたいだし。。
みんな外で頑張ってきて、くたくたになって
でも、家に帰ってみんなでこうやって1つの話題でもりあがったり
くだらないギャグを言って笑いあったりして
そんな時間を過ごしているうちに、なんとなく外での疲れがとれてくるような。。
そんなとき、家族ってありがたいなあって思えてきます。

もちろん、家族とは、私と娘と夫と、そしてそんな私たちのことをいつも笑いながら
みていてくれる晴香も含めてのことです。。
リビングの様子がいちばんよく見えるところに、晴香の大きく引き延ばした写真が
飾ってあります。
お花に囲まれて、微笑んでいる写真です。
私たちがお馬鹿なことをいったり、笑ったりしている様子をいつもみていてくれます。

疲れたときには、ここに来てくつろげる。
元気を充電したら、また外に行って、頑張ってこようね。


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親離れ子離れ [家族]

晴香が発病した当時 下の娘はまだ10歳で
体つきも華奢。背丈もそれほど高くはありませんでした。
それが今では156センチを超え目の高さも私とあまりかわらなくなってきました。
まだまだ伸びてるようなのであと半年もしたら追いこされてしまうかも。

ほんとうに子どもの成長は早いものですね。
子どもが小さい頃は子育てがもの凄く長く続いていくような気がしていたのですが
今こうして振り返ってみると子どもがほんとうに親を必要として頼ってくる時間って
それほど長くはないんだなぁと思えます。
いっしょに出かけたりいっしょになにかをすることって
せいぜい子どもが小学校のうちまでくらいでしょうか。
子どもも中学になったとたんに忙しくなるし たまに時間があったとしても
もう親よりも友達といっしょに出かけたくなるようです。
もちろんたまには買い物とか映画とか今でもときどきは親子で出かけますが
小学生の頃と比べるとずっと頻度は少なくなりました。

そうやって考えてみると子どもたちが小さい頃に
たくさんの時間をいっしょに過ごすようにしてきたことや
いろいろなところでいろいろな人たちと共に思い出をいっぱいつくれたことも
よかったなと思えます。

4月から沙織は中学2年になります。
3年前と比べて背丈だけでなく精神的にもすっかり大人になってきました。
もう親からあれこれ言われたくないお年頃のようです。
晴香がいなくなってからまるで一人っ子のようになってしまい 
親の目も一気に自分1人に注がれるようになって 
きっとどんなにか煩わしい思いでいたことでしょう。
あまりいろいろ言ってはいけないと思いつつも
目についてしまうとついつい言ってしまう。
以前はそれほど見えていなかったところまで
見えすぎてしまうということがあるのかもしれません。

以前このブログでも書かせていただいたことのあるKさんも
同じようなことを言ってみえました。
Kさんのところは亡くなった建介くんの下に今度高校1年になられる
息子さんがみえます。
やはり弟さんもいろいろ親から言われたくない年頃のようで
Kさんも私と同じようなことを感じてみえました。
亡くなった子の兄弟にもそれぞれに悩みがあるようで
その親にとってもまた共通する悩みがあるようです。

私よりも一足早く親離れしている娘を前に
そろそろ私も子離れしないといけないのかなぁと思う今日このごろ。
それなりに自分の趣味や少しばかりのボランティアなどして
自分の時間を持ってきたつもりだけど
これからはもうちょっと違う形で自分の時間をもっていくこともいいかな。
いままでなかなか踏み切れなかったけど
そろそろ重い腰を上げて ちょっとずつ仕事に出てみようかなと
思います。
といっても晴香が生まれて以来外に出て働いていない私には
いきなりフルタイムで働くことはとてもできそうにありません。
それでまず夕方の少しの時間 アルバイトすることにしました。

今までよりは少しだけ距離を置きながら
困ったときには助け合えるようなそんないい親子関係で
あり続けられたらいいなぁと思います。


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