SSブログ

川上未映子さん [川上未映子]

川上未映子さんといえば、芥川賞受賞作家として有名ですが、
池田晶子さん没後創設された「わたくし、つまりNobody賞」の第1回受賞者でもあります。
芥川賞を受賞されてからというよりは、むしろこのNobody賞を受賞されてから、
気になっていた作家さんでもありました。
なにしろ、この賞の基本的姿勢の中には次のようなことが書かれているからです。

『言葉でしか表わせないものを語り、語り得ないものを言葉にしようと努め、試みる人、
言葉を信頼しつつ、言葉の在ることを深く疑い続け、あるいは考えることや感じることが、その人の実人生の事実を超えて、言葉と一体化して在る人。
語られる言葉の真実をこそ求めようとする、そのように在ることしかできないような、いわば、言葉と討ち死にすることも辞さないとする表現者のあり方こそ、顕彰すべき事態だと我々は考えます。・・・』


あの池田晶子さんの志を受け継いでいくような表現者、そういう人こそがこの賞受賞者として選ばれているようです。そんな対象として選ばれた川上さんですから、以前から気になっていたというわけなのです。
それで、今回、『ヘブン』、芥川賞受賞作である『乳と卵』、『わたくし率ーイン歯ーまたは世界』『世界クッキー』『夏の入り口、模様の出口』と立て続けに読み、そして現在は『六つの星星』を読んでいるところ。これまで読んだ作品について、下にメモしておきます。


一番に読んだのが『乳と卵』
語り手である「わたし」と姉「巻子」、そして筆談でしか相手とコミュニュケーションをとろうとしない巻子の娘「緑子」。この3人により繰り広げられる3日間の出来事を描いています。
読み始めて最初、その独特の文章表現に、正直言ってかなり面食らいました。
どこまでも句点がなく、ところどころ読点で区切りながら、いつ終わるともなく
延々と続く文章。それに、書き言葉というよりは、おしゃべりしてるかのような関西弁。
それに卵子とか豊胸とか、女性の書く小説として普通は出てきそうにもないものない言葉が
あちこちに遠慮なく飛び出してくる。
どんな小説なんだろうなぁと想像していたことをすべてひっくり返されるような気分でした。
それでも、なぜだか、長い長い言葉の羅列にも関わらず、気付けば途中で投げ出すことなく
あっという間に読み終えてしまっていました。
長いのだけど、リズムがいいのか、あとは、不意をつくような意外でおもしろい表現、はっとさせられる表現も随所に・・・
確かに、これまでにない表現方法、川上さんにしか書けない独創的な作品だなと感じました。
この作品は、よく味わうためにはいつかもう一度読んでみるべきかも。


次に読んだのが『ヘブン』
斜視でいじめを受けている「僕」その僕にある日「私たちは仲間です」という手紙を出す少女「コジマ」
その日から二人の間で文通が始まる。
いじめられる立場の「僕」と「コジマ」、いじめる立場の「二ノ宮」と「百瀬」
この4人を中心に物語は展開していきます。
こちらは、『乳と卵』とはがらりと作風が違い、文体はごくごく普通。文の長さもそれほど長くなくて読みやすい。
川上さんは、この作品を書く前に、ドストエフスキーの作品を何度も何度も読み返されたそうで、『善』『悪』の問題についても深く考えられ、この作品に取り掛かられたようです。
いじめが題材になっていますが、作品中には、『善と悪』、『宗教』や『倫理』、『友情』など、重いテーマがいくつも仕掛けられているようでした。
だからなのか、文章自体はやさしいのですが、内容的は難しいものに思われました。
実際一度読んでみて、ストーリーは理解できたものの、登場人物についてやテーマについて、どこまで理解できたのか、ちょっと自信がありません。
特に、斜視である主人公の僕と友達になり、作品中でも重要な位置をしめる少女「コジマ」が、最後のところで、なぜあのような行動をとったのか、なぜあそこまでしなければいけないのか、理解できませんでした。
『六つの星星』の中に、永井均氏との対談があり、その最後の章が『哲学対話Ⅱヘブンについて』でした。その中で、永井氏の『ヘブン』についての解釈、また川上さん自身による『ヘブン』に込められた思いなどが、語られていました。2人によると、『コジマ』に関しては宗教的な問題、『百瀬』が倫理の問題、『僕』が友情の問題に割り振りできるということ。そしてまた、この3人の中で一番重要な役割をしているのが『僕』なのだということでした。
『僕』が一番重要・・というのは少し意外だったかも。
『コジマ』や『百瀬』のほうがむしろ、キーとなる人物という感じがしていましたが・・
永井氏によると、この小説の構造は重層的でコントラストが複数あって、それがいろいろ絡んでいる、そして『僕』が一番興味深いあり方をしているのだ、ともおっしゃっています。
永井さんでさえも、この作品を3回読まれたとのことですから、1度読んだだけでは作品に込められたいろいろなテーマを理解しきることは難しいんでしょうね。
これもまた、『乳と卵』と合わせて、いつかまた読むべきかも。


『わたくし率 イン 歯ー、または世界』
歯科助手として働く「わたし」は、自分の本質を奥歯にあるとし
恋人である(と思い込んでいる)青木に対して恋文を書いたり、未来の子どもに向けて手紙を書いたり。
時に思い込みと現実の世界が交錯しながら、怒涛の展開をみせていく。
こちらは、『乳と卵』の前に書かれたもので、芥川賞の候補となった作品。
相変わらずの関西弁に言葉の羅列の独創的文体だが、個人的には、『乳と卵』よりこちらの方が好き。
「わたし」を「わたし」と感じるところのものが、いったいなんなのか。
なにかよくわからないのだから、たとえば自分の奥歯が「わたし」であると決めてもいいのではないか。
そう決めることにしようと、このあたりも奇抜な発想でなんだかおもしろい。
しかし中には、「わたし、わたし、わたし・・」とうるさく、どこまでも続く言葉の羅列や、わけのわからない文体、駄作・・と手厳しく批判される方もいらっしゃるようですが。。



『世界クッキー』『夏の入り口、模様の出口』
こちらの2冊は、何かの雑誌に連載されたものをまとめた短編エッセー集。
短くて読みやすく、わりと気軽に読めるかな。
夜睡魔に襲われて長時間読書ができないこのごろ、ちょっと時間があるときにも手にとって1つ2つと読めるから、いい。
手軽だけど、中身には面白い表現や、そうだなぁって考えさせらるところもあるから、それもまたいい。
ちなみに、『世界クッキー』の中にはこんなところも。
一部抜粋。

**************************************************************************
ことばのひみつ より
<わたしの選択>
p35
今晩に食べるもの、明日に着てゆく洋服など、日々の細かな選択も込みにした人生のケースはもしかしたらすでに無数に決まってあって、そこに偶然、それぞれの意識というか魂というか、そんなようなものがすこんと配属されたに過ぎないような、そんなことを想像しては日々のすべてがなんというか「無駄な抵抗」であるような気もしなくもなかったりして、困ることです。結婚も、仕事も、何であっても「わたしが完璧に選択した!」というほど選択的ではないのかも。だってそもそもそういうもの全部の土台であるところの自分が生まれて来たことじたいが、自分で選択したことではないのだったもの・・・・・・


ありがとうございました より
<作家は物語のためにいる>
p67
本棚を何気に見上げれば、本しかないことに驚いた。わぁ。ここには、本しかない。タイトル、著者名、時を経て残っているのは見事に言葉、言葉。ここにあるのは言葉で紡がれた、物語だけなのでありました。そうするともう、背表紙がなんだかお墓のように見えてきて大変だ。物語は残っていても、人は誰も残っていない。そしてまた、人に読まれて継がれてゆくのも、物語以外にはありえない。・・・・・


ほんよみあれこれ より
<ぐうぜん、うたがう、読書のススメ>
p124-125
自分の人生の局面を左右する出来事や決心の多くは、いつでもきっと自分の想像を少し超えたところからやってきて、まるで事故に遭うように出会ってしまい、巻き込まれてしまうものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな根本的な部分でさえそんな具合でありますから「自分で」選べている」と思えるようなことほどあんまり大したことや物ではないような、そんな気もします。これは読書にも当てはまることかも知れません。
「自分はとても自由な価値観のなかで、とても自由に本を選んで、とてもナイスな本を読んでいる」と思っていても、それは案外、すでに作られた枠のなかの小さな動きでしかないという可能性を、いつもはらんでいるわけです。
**************************************************************************
川上さんは、自分で本を選ぶと、知らず知らずのうちに、どうしても偏りがちになってしまうので
あるとき、書店の岩波文庫シリーズの前で、目を閉じてパッと指差した本を、内容をみないで買ってきて読む
ということをされたそうです。
そうしたら、おそらくは自分では選ばないだろうという本を読んでみて、新たな発見などがあり
おもしろかった・・
と書いてみえました。
そういえば、自分で選ぶ本って、どうしても偏りがちになるんですよね。
私なんかは、一度読むとず~っと同じ作家の本ばかり読むということが多くて。
分野も偏りがちだし。
私も時間があればやってみたいけど、でもやっぱり取りあえず目先の読みたい本がたくさんありすぎて
当分は無理そうだなぁ。。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


川上未映子さん、
表現方法が個性的で、おそらくは好き嫌いが分かれるのではないかと思いますが。。
個人的には、これからも注目していきたいと思っている作家さんのひとりです。




乳と卵(らん) (文春文庫)

乳と卵(らん) (文春文庫)

  • 作者: 川上 未映子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/09/03
  • メディア: 文庫



ヘヴン

ヘヴン

  • 作者: 川上 未映子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/09/02
  • メディア: 単行本



わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

  • 作者: 川上 未映子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/07/15
  • メディア: 文庫



六つの星星

六つの星星

  • 作者: 川上 未映子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/03/25
  • メディア: 単行本



夏の入り口、模様の出口

夏の入り口、模様の出口

  • 作者: 川上 未映子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/06
  • メディア: 単行本



世界クッキー

世界クッキー

  • 作者: 川上 未映子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/11/13
  • メディア: 単行本



nice!(1)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 4

あきおパパ

はるママさん、こんばんは~♪
池田晶子さんゆかりの賞の受賞者と聞いて、
さっそく図書館で川上さんの本を借りてきました。
はるママさんの書評をみて、とても意味深長そうな「ヘブン」を選択。

う~ん、残念ながら、私には読むことができませんでした。
いじめのシーンがつら過ぎて、感情移入すると苦しいのです。
やむなく最後の場面に飛びましたが、心理的には勝つということが理解できますが、失う代償の大きさに、やりきれない思いです。
辛いいじめも最後まで続くようなので、やはり読めないな~。

全部読めないのに、偉そうなことは言えないのですが、でも、私にはなぜこの作品が、池田さんの理念と合うのかが分からないです。

やはり小説には希望があったほうがいいな~!
ではまた~♪
by あきおパパ (2010-11-13 20:06) 

はるママ

あきおパパさん、『ヘブン』はたしかにいじめのシーンがかなり壮絶で
読んでいて苦しくなりますね。
それだけに、「いじめ」がテーマになっているかのように思われるのですが
「いじめ」は題材ではあるけれど、この作品のテーマは別にあるようです。
単にいじめの問題について考えようというような作品とは違うようです。
現に主となる登場人物の一人である「コジマ」は、「いじめ」に対して
むしろ進んで受け入れているようでもあるのです。
それがなぜなのか。私にはすぐには理解できなくて・・
永井氏によると、このようなコジマの姿を『僧侶的』と表現しています。
なにか宗教的な意味合いが込められているようなのです。
いじめシーンはつらいですが、そこだけにとどまらないもっと奥底にあるものを
抉りだそうと、川上さんは突き詰めて考え、この作品を書かれたようです。
私自身もまだ理解しきれていない部分があって、またいつか読んでみたいと思っているところです。

池田晶子さんゆかりの賞(わたくし、つまりNobody賞)の受賞に関しては、
この『ヘブン』が書かれる前のことだったので、
この作品に対して贈られたということではないようです。
おそらくは、なにか単独の作品に対してというよりは
川上さんのこれまでに書かれた作品に向かう姿勢(わたしとは何かに関わることを作品のなかに模索するような・・)とか、今後への期待なども含めての受賞だったのではないかと、想像しています。
私自身も、川上さんが本当に池田さんの志を受けついでいく人なのかどうか
正直なところ、今はまだ半信半疑ではあります。
本当にそうなのかどうか、これからの作品にも期待しつつ、注目していきたいと思っています。
by はるママ (2010-11-14 11:52) 

plant

先日はコメントをありがとうございました。

もう随分読まれたのですね。
私はエッセイや最新作は読めていません。

池田晶子さんにそっくりだ、とは私も思いませんが、(『乳と卵』までの段階で既に)賞の理念には合っていたな、と今になって納得しています。

結果、『ヘヴン』が生まれました。
良くも悪くも“わたし”の世界を越えたのではないでしょうか。
『新しい文学のために』で大江健三郎さんが強調されていた文学の役割“励まし”を大いに果たしている作品だと思います。
これからは長篇文学者としても期待したい、と思っています。
by plant (2010-11-22 00:04) 

はるママ

plantさん、こんにちは!
最初にまず『ヘブン』を読もうと思っていたのですが、結局『乳と卵』から読み始めました。
どこまでも続く独特の文章表現に最初面食らいましたが、考えてみると、古い時代の日本文学には散文形式のものが多く、plantさんもおっしゃっていたように、伝統的な日本語の復権といったほうがよいのかもしれません。
そういえば、川上さんは最近「紫式部文学賞」を受賞されたようですね。
受賞作品は、『ヘブン』とのこと。ちょっと意外な気もしましたが。
これは作品の文体とかがどうのではおそらくなく、女性の作家に贈られる賞ということなのでしょう。

大江健三郎さんの作品は、読んでみたいと思いつつも、
その凝縮された言葉が時に難しく思われて、つい敬遠してしまっています。
今までに読んだ作品は、わずかに『個人的な体験』の一冊きりです。
この『新しい文学のために』は、アマゾンの書評など見ていても、多くの方が絶賛されていますね。
この次再び『ヘブン』を読むときには、”励まし”についても考えながら読んでみたいです。
コメントくださって、どうもありがとうございました。
by はるママ (2010-11-23 13:44) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。