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生きる権利自然に死ぬ権利 [思うこと]

先日、福岡大で入院中の60代男性患者の人工心肺装置を止め、延命治療を中止したというニュースが報道されました。→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090226-00000043-san-soci

こういうニュースを聞くといつも晴香が入院していた病棟のことを思い出します。
正確に言うと、病棟に入院していた多くの患者さんたち
中でも人工呼吸器を装着し、水分と栄養点滴で命を繋いでいる患者さんたち
そのほとんどは高齢の方だったように思いますが
中にはまだ若い女性の方もいらっしゃいました。
晴香が入院していた病棟は脳神経外科と心臓循環器関係。
だからほとんどは大人、それも高齢の患者さんが多かったように覚えています。


終末期医療関係のリンクをたどって読んでいたら、こんなページを見つけました。

救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)について→http://www.jaam.jp/html/info/info-20071116.htm

平成19年に、このガイドラインが作られたようです。
ときに命の切り捨てといわれたりもする尊厳死について
以前から問題になっていましたが、このようなガイドラインができていたのですね。
関心をもっていながら、具体的な内容について文章を最初から読んだのは初めてでした。

数年前どこかの病院で、終末期の患者さんの人工呼吸器を外したことで担当医が罪に問われたことがあったとおもうのですが、その時
「生きる権利はあるのに自然に死ぬ権利はないのだろうか」
と思った記憶があります。
尊厳死は”命の切り捨てだ”っていう人がいるけど
体は生きるのをやめようとしているのに、機械の力で、無理やり生かされる・・・
いろいろな場合があるから一概に言えないかもしれないけど
これが、本人あるいは家族が望まないことであるなら
自然に死ぬ権利があってもいいのではないのか。
当時そんなことを感じていました。

晴香が入院していたのは、今から6年ほどまえのことですから
当時はこのようなガイドラインはまだなかったわけで
だから一度人工呼吸器を装着したら、途中ではずすことはできなく・・・
まだそういう時期だったとおもいます。

晴香が最後の手術を受けたあとのことは
このブログやHPの「晴香との思い出の記録」にも書いてないのですが・・・
(というか、辛くて書けないでいたのですが)今日は、最後のころのこと、少しだけ書こうとおもいます。

晴香は、手術のあとしばらくしてから高熱が続くようになり、話すことも意思表示することもできなくなってしまい
最後には、呼吸もどんどん弱くなっていってしました。
担当医からは、「いつなにが起きるかわからない状態」
と言われ、さらにはもしものときには人工呼吸器をつけるかどうかの選択を迫られました。
私たちの選んだのは「No」でした。それは、
手術後しばらくしてから毎日のように高熱が出て「苦しい」とも「痛い」ともいえないわが子を見続けていたから
意思表示はできないけれど、もしかしたら痛みや苦しみは感じていたのかもしれない
それだったら、人工呼吸器で生きさせ続けることは、晴香にとって苦痛でしかないだろう
もう充分に苦しんで病気と闘ってきたんだから、これ以上を望むのはもはや親のエゴでしかない
助かる望みも他の治療ももはや望めないのであれば、自然のままに逝かせてやりたい
そう思ったから。
当時は今から5年半ほど前になるので、まだこのガイドラインができていなかったことになります。
晴香のように、病気が徐々に進行していったような場合とちがって
救急で運ばれて、突然にこのような状況になった場合は、おそらく違った選択をすることが多いのではないかとおもわれます。
また、あのときの担当医は「病気の場合でも、子供さんの場合はつけられることが多いです」
とおっしゃっていました。
あのころだったら、一度人工呼吸器をつけたら途中ではずすことができなかったのですね。
最初は呼吸器をつけたものの、途中で事態がわかってきたり、気持ちがかわったりしてはずしてほしくなってもできなかったということ
最初につけるかどうかの選択はできても、途中ではできない・・・なんかヘンだと感じるのは自分だけなのだろうか。

人工呼吸器をはずすことの選択
もちろん、いろいろな場合があるだろうし、人それぞれに死生観もちがうだろうから
すべてをこうすべきと決めることはできないのでしょう。
でも、いろいろな人やいろいろな場合があるように、いろいろな選択があってもいいのではないかと思います。
上のニュースを読む限りは、まだガイドラインも十分でない(あるいは理解が進んでいない)?!ようだけど
もっとガイドラインが浸透して、よりよい選択が可能になるといいとおもいます。
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コメント 4

あきおパパ

はるママさん、こんにちは。

晴香さんの思い出記録が、手術前で終わっていることに気づいていましたが、やはり、手術とその後は、とてもお辛かったのですね。
最後の手術のこと、人工呼吸器のこと、それが最善の方法だと信じていても、本当にそれでよかったのか、ずっと悩まれたことと思います。

それを晴香さんに聞くことはできませんが、はるママさんやパパさんが、心から考えぬいた上での判断ですから、きっと晴香さんも「その判断でいいです」と了解してくれたことでしょう。そして、きっと天国の神様(仏様)も、その判断をお認めになることでしょう。

はるママさんのお気持ちが、すこしでも和らぎますように。
by あきおパパ (2009-03-01 00:53) 

はるママ

あきおパパさん、いつも温かいお言葉をありがとうございます。

治療の選択の場面では、戸惑うこともありましたが
人工呼吸器を最後につけなかったことは、今も後悔していません。

記録には書くことができないでいるのですが
最後の手術の数日後から、1か月ちょっとの間は
症状がどんどん悪化してしまい、話すこと食べることも意思表示することもできなくなり
朝も夜中も何度となく高熱がでたり下がったりの繰り返し
高熱が出始めると、体を震わせ手をにぎりしめ、苦しげな表情さえみせていました。
腫瘍の増大により、脳幹部を圧迫していたためとおもわれましたが
解熱剤がまったく効かなかったために、私たちのできることは
ただひたすら保冷剤などで体を冷やし、震える体をさすることくらいで、あとは熱が下がり晴香が穏やかに眠られるようにと祈るばかりでした。

もしも晴香に痛いとか苦しいとかの感覚があったなら
さぞや辛い時間だったのではないかと思います。
もし、気管切開の上で人工呼吸器を装着していたとしても
おそらくは、数日の延命ではなかったかとおもいます。
親であれば一日でも長く・・とおもうのは当然なのかもしれませんが
それが、子供にとっての苦しみの時間でしかないのなら
もはやその願いは、親のエゴに過ぎないとおもわれ・・

晴香はどうおもっていたのか、はっきりと知ることはもうできませんが
ただ、「足跡」の最後にも書いたように
最後の手術の前に、私達にむかって何度も「ありがとう」と言ってくれたことが、その後も、今もずっと私の救いになっています。
by はるママ (2009-03-03 11:14) 

あきおパパ

晴香さんの「ありがとう」の気持ち、お父さんお母さんに対して、本当に感謝いっぱいだったのでしょうね。

晴香さんにとって自分の病気は、自分も辛いけれど、家族に対しても申し訳ないという気持ちがいっぱいだったと思います。旅行先で倒れれば、折角の旅行を自分が台無しにしてしまったと感じたでしょうし、病気で家族が会社を休めば、それも自分のせいだと感じていたことでしょう。親は、子供のためなら当たり前だと思っていても、子供はそうは思いませんから。
長い看病のことや、良くならない自分の病気のことを申し訳ないと思いながらも、それでも、いつも自分を元気づけ、励ましてくれる家族に対し、感謝の気持ちがいっぱいだったと思います。

手術の前、もしかしたらもう会えないかも知れないと思った時、今までの感謝の気持ちを伝えたくて、何度も「ありがとう」と言わずにはいられなかったのですね。やさしくて素直な晴香さんの、心からの想いだと思います。

最後に「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えられたこと、それは晴香さんにとって、幸せな人生の証だと、私には思えます。きっと天国でも「ありがとう」と思っていることでしょう。

はるママさんの心の中の晴香さんが、いつも「ありがとう」の笑顔でいてくれますように。
by あきおパパ (2009-03-04 16:10) 

はるママ

あきおパパさん、ありがとうございます。

晴香には最後まで病気のことを告知していませんでした。
それとこの病気になってからの晴香は、病気や手術などの影響か、以前よりも思考力とか判断力が衰えていたようにおもえましたので
自分の病気について、どこまで知っていたのかはわからないし
もしかしたらもう会えないかもしれない・・・などと、当時そこまで深く考えていたようにはおもえませんでした。
だけど、身の回りのものを片付け始めたり、最後の手術の前に何度もありがとうと言ってくれたりしたことを今になっておもいだしてみると
当時は、はっきりとした自覚はなかったのかもしれないけれど
なにか本能のようなものというか、彼女の魂のようなものがそうさせたのではないだろうか、などともおもえてきます。

思考力は鈍っても、心の深い部分では繋がっていて
だからこそ、口数がずっと少なくなってしまっていたときでも
最後に振り絞るように「ありがとう」という言葉を伝えてくれたのかなぁと。
「ありがとう」という言葉、なによりもうれしいなによりも救われる一言ですね。
by はるママ (2009-03-06 15:31) 

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